Topic 1. 捕食者と被食者の変身-適応論で考える-

1. 膨らむオタマ~驚異の変身術~

自然界で生物は外敵に捕食されないようさまざまな防御手段を講じています.防御になんらかのコストを被る場合は,常に防御をするのではなく,危険なとき のみ防御を発現し,安全な状況では防御しないのが優れたやり方になりそうです.
誘導防御とよばれるこの戦略は、適応的な表現型可塑性(同一遺伝子型の個体が環境の変化に応じて表現型を変化させること)の代表例とされています.
岸田は「エゾアカガエルのオタマジャクシが捕食者(エゾサンショウウオ幼生)のいる環境で非常にユニークな形態的な誘導防御を示す」ことを発見しました.
エゾサンショウウオ幼生の攻撃を受けたオタマジャクシは,皮下組織を肥厚し頭胴部を極端に膨らませます.体を大きく膨らませることでサンショウウオによる丸のみ捕食を物理的に防ぐことができます.

Bulgy+Typical+tadpoles

サンショウウオがいないときのオタマ(左)とサンショウウオがいるときに防御形態を発現したオタマ(右)

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北海道の山間の池では,エゾサンショウウオ幼生とエゾアカガエルのオタマジャクシが一緒にいることが多くあります

tadpole+swallowed+by+salamander2

丸のみ捕食者のサンショウウオ幼生

論文
Kishida, O. & Nishimura, K. (2004) Bulgy tadpoles: inducible defense morph. Oecologia 141:414-421.

2. 捕食者によって異なる防御の発現

生物にとって捕食者は一種類とは限りません.捕食者によって攻撃の仕方が違う場合,被食者はそれぞれの捕食者にあわせた防御を講じるべきです.
この研究では,エゾアカガエルのオタマジャクシが捕食様式の違う2種類の捕食者に対して異なる形に変化することを確かめました.
すでに紹介したように,オタマジャクシは餌を丸のみにするサンショウウオ幼生に対しては頭胴部を膨らませますが(写真下段),噛みついて餌を食うオオルリボシヤンマのヤゴに対しては尾鰭のみ高くします(写真中段).
ヤゴに対しては尾鰭の高い形が食われにくく,サンショウウオに対しては頭の大きな形態が食われにくいことから,オタマジャクシが示す2つのタイプの形態変化は,捕食者特異的な誘導防御として解釈できます.

Multiple+inducible+defenses

上から順に,普通型,対ヤゴ型,対サンショウウオ型のオタマ

論文
Kishida, O. & Nishimura, K. (2005) Multiple inducible defences against multiple predators in the anuran tadpole, Rana pirica. Evolutionary Ecology Research 7:619-631.

3. 形態可塑性の柔軟さ

捕食者環境の変化にあわせて表現型を変えることは,個体の適応度上の利益をもたらしそうですが発生機構上の制約がそのような可塑性を許すとは限りません.
実際,形態形質は柔軟性に欠けるため,環境の頻繁な変化には対応しきれないと考えられてきました.しかし,エゾアカガエルのオタマジャクシは極めて柔軟に形態を変化させます.
オタマジャクシは,ヤゴやサンショウウオ幼生に対して,特異的な防御形態を示しますが,一度これらの形態を発現しても,その後,環境中の捕食者種が交替した場合にはそれに応じて防御形態を変えることができ,捕食者がいなくなれば元の形に戻ることができるのです.

論文
Kishida, O. & Nishimura, K. (2006) Flexible architecture of inducible morphological defenses.Journal of Animal Ecology 75:705-712.

4. 対抗的な変身と防御発現の調節性

エゾアカガエルのオタマがサンショウウオに対して防御をする一方で,サンショウウオ幼生はオタマがいる環境で育つと顎を大型化することがあります(このような,餌に応じた捕食者の表現型可塑性は「誘導攻撃」と呼ばれます).  普通のサンショウウオ(写真下)に比べて大顎の個体(写真上)はより大きな餌を食うことができるので,オタマにとって大顎型のサンショウウオは非常に危険な捕食者になりそうです. サンショウウオ幼生の誘導攻撃に対してオタマはどのように対抗するのでしょうか?

Inducible+offense私たちは,普通のサンショウウオがいる環境に比べて,大顎化したサンショウウオがいる環境ではオタマジャクシが大きく膨らむことを,発見しました.
次に,普通のサンショウウオに対しては,オタマは大きく膨らまなくても身を守ることができるが、大顎のサンショウウオに対しては大きく膨らまなければ捕食される確率が高いことを明らかにしました.
以上から,オタマはサンショウウオの特徴に応じて防御形態を強化することが確かめられました.このような巧妙にデザインされた表現型の可塑性は、自然界でみられる捕食者と被食者の形質変異を形作るメカニズムの一つかもしれません

Kishida,+Mizuta,+Nishimura+2006の図

サンショウウオの形に応じたオタマの防御発現 黒色の円と実線:大顎型サンショウウオがいる環境で育ったオタマ 白色の円と点線:普通型サンショウウオがいる環境で育ったオタマ

頭胴長サイズが同じオタマであっても,大顎型サンショウウオがいる場合のほうが,普通型サンショウウオのいる場合よりも頭が高い.これは,大顎型サンショウウオがいる環境でオタマがより大きく膨らんだことを表している.

Takatsu+&+Kishida の図

大顎サンショウウオ存在下でのオタマ防御の有効性 白色の棒:あまり膨らんでいないオタマの生存率 黒色の棒:よく膨らんだオタマの生存率

大顎サンショウウオがいるときのみ,オタマの膨らみの大きさによる生存率の差がある.特に,そのような状況では大きく膨らむことで生存率が高い.
膨らむことに何らかの対価がかかるのであれば,大顎サンショウウオがいるときにのみ大きく膨らむのは有効な戦術になるといえる.

論文
Kishida O., Mizuta Y. & Nishimura K. (2006) Reciprocal phenotypic plasticity in a predator-prey interaction between larval amphibians. Ecology 87:1599-1604.
Takatsu K. & Kishida O. (2013) An offensive predator phenotype selects for an amplified defensive phenotype in its prey. Evolutionary Ecology 27:1-11.

5. 可塑性は進化する?

環境の変化にうまく対応した表現型可塑性は適応進化の産物だと考えられていますが,この仮説を支持する経験的証拠はそれほど多くありません.本研究では,オタマジャクシの防御発現能力が捕食圧によって進化的に維持されている可能性を実験的証拠に基づいて論じました.
エゾアカガエルは北海道の本島と周辺の離島に分布しますが,エゾサンショウウオ幼生は本島にのみ分布します.私たちは,離島(奥尻島)のカエルの遺伝集団が,本島の遺伝集団に比べて防御形態を発現する能力が著しく小さいことを発見しました.奥尻島のカエルのオタマジャクシは,サンショウウオにさらされても,防御形態をほとんど発現することができないのです.オタマジャクシの体を膨らませる能力は,サンショウウオ幼生との濃い食う-食われる関係のもとで進化してきたのかもしれません.

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左:サンショウウオがいない状況で育った北海道本島系統のオタマ 中:サンショウウオがいる状況で育った奥尻島系統のオタマ 右:サンショウウオがいる状況で育った北海道本島系統のオタマ

論文
Kishida O., Trussell GC. & Nishimura K. (2007) Geographic variation in a predator-induced defense and its genetic basis. Ecology 88:1948-1954.

6. 複数形質の可塑性 ~ 副次的に生じる問題をどう対処するか ~

ある選択的環境に対する個体の可塑的応答は,新しい選択圧を個体にもたらすかもしれません.
このような場合,新しい選択圧への対応が個体にとって重要な課題となるはずです.
エゾサンショウウオの幼生はふつうは水中で鰓により呼吸しますが,溶存酸素量が十分でないときには,水面へ浮上し肺呼吸することで空気中の酸素を取り込みます.
しかし肺呼吸時の遊泳は捕食者に目立ちやすいため,ヤゴがいる環境ではサンショウウオはめったに肺呼吸をしません.このような場合,サンショウウオは酸欠にならないのでしょうか?
どうやらサンショウウオは驚くべきやり方でこの問題を克服しているようです.
私たちが実験したところ,ヤ ゴがいる環境ではサンショウウオは鰓を大きく伸長させることがわかりました.鰓を伸ばした個体は,超低酸素の水中でも,長時間生きられることも明らかとなりました.
つまり,サンショウウオはヤゴに食われないように行動的に防御するだけでなく,その結果生じる不都合についても形態的な可塑性により対処するというわけです.

サンショウウオを食うヤゴ

エゾサンショウウオ幼生を襲うヤゴ

サンショウウオ鰓

エゾサンショウウオ幼生の鰓の可塑性 左:ヤゴがいない環境で育ったサンショウウオ幼生 右:ヤゴがいる環境で育ったサンショウウオ幼生

論文
Iwami T., Kishida O. & Nishimura K. (2007) Direct and indirect induction of a compensatory phenotype that alleviates the costs of an inducible defense. PLoS ONE 2:e1084.

7. 多種系での表現型可塑性: 対抗的な形態変化に対する上位捕食者の干渉効果

捕食者と被食者の表現型可塑性(誘導防御と誘導攻撃)についての従来の研究の多くは,捕食者1種と被食者1種からなる単純な2種系の枠組みで行われてきました.群集を考慮すると,2種系でみられた表現型可塑性はどのように変更されるのでしょうか?
本研究では,エゾサンショウウオ幼生とエゾアカガエルのオタマジャクシが示す対抗的な形態変化(大顎化と膨満化)が,上位捕食者であるヤゴの存在に応じて 弱められることを実験的に示しました.
形態変化の抑制は,ヤゴに対するサンショウウオ幼生の適応的応答によってもたらされたようです.サンショウウオはヤゴがいる時にはじっとして餌をあまり襲わなくなりました.オタマジャクシの膨満化はサンショウウオ幼生が直接攻撃することで引き起こされるため,サンショウウオ幼生の採餌意欲の減少が,オタマジャクシの防御発現を制限するよう働いたと考えられます.また,サンショウウオは大顎化すると遊泳力が弱まり,ヤゴに襲われやすくなることがわかっています.そのため,ヤゴがいるときにサンショウウオ幼生は大顎化しなかったのかもしれません.
この研究から,上位の捕食者が下位の相互作用系の表現型可塑性にも影響する場合があることが確かめられました.下位の餌生物の存在も,表現型可塑性を変 える要因になっているはずです.表現型の可塑性が群集の動態の中でどのように形作られているのか,さらに研究をすすめる必要があります.

論文
Kishida, O., Trussell, G. C. & Nishimura, K. (2009) Top-down effects on antagonistic inducible defense and offense. Ecology 90:1217-1226.

8. 共食いへの対応? エゾサンショウウオ孵化幼生の成長と発達の加速

たくさんの親が繁殖地に集まって産卵する動物種では,ふ化した子供たちが非常に高密度で生活することがあります.エゾサンショウウオのような肉食動物では,そのような状況は孵化幼生による凄惨な共食いの場と化します.孵化したばかりのサンショウウオ幼生は周囲に同種の個体がいる場合,どのようにふるまうのでしょうか?
孵化したばかりのエゾサンショウウオは,口が未発達で餌を獲ることができないため,生まれてから約1週間ほどは卵黄を吸収して成長します.私たちは,孵化したばかりのサンショウウオを小さな容器の中に1尾だけ入れて飼育した場合と,複数(2尾もしくは5尾)入れた場合とで,その後の成長と発生を比較してみました(エサは入れていません).すると5日後には体サイズと発生に違いがみられ,複数飼育の個体は単独飼育の個体に比べて約10%体が大きく,発生段階もより進んでいることが明らかとなりました.また,別の実験では,他個体といっしょに育ったサンショウウオ孵化幼生は,単独で育った個体よりも餌を獲り始めるのが早いことや,人為的に刺激を与えたときに速く逃避できることもわかりました.
成長や発達の加速は,共食い環境を生き抜く上で大きな意味があるようです.単独,複数で数日間育てた個体を,孵化したばかりの小さなサンショウウオ,もしくは,孵化後10日齢の大型の幼生と同居させる実験を行ったところ,単独で育った個体に比べ複数で育った個体の方が,小さなサンショウウオを共食いしやすく,大きなサンショウウオには共食いされにくいことがわかりました.
本研究では,共食いが起こりそうな状況で,サンショウウオが早く成長発達することが明らかとなりましたが,逆の見方をすれば,「共食いが起こりにくい状況では成長や発達を急がない」と解釈することもできます.普通,成長や発達は早ければ早いほど有利な気がしますが,急ごしらえで体をつくると問題が生じるのかもしれません.

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孵化したばかりのサンショウウオ幼生を単独で飼育した場合(左)と,複数同居させて飼育した場合(右)

論文
Kishida O., Tezuka A., Ikeda A., Takatsu K. & Michimae H. (2015) Adaptive acceleration in growth and development of salamander hatchlings in cannibalistic situation. Functional Ecology, In press.d