表現型可塑性に関するこれまでの研究の多くは,進化生態学的な背景と疑問に基づいて取り組まれてきましたが,最近では個体群生態学や群集生態学でも関心が高まりつつあります.
たとえば「適応的な表現型可塑性が個体群や群集の動態を安定化させるか?」は重要な課題でよく目にします.このような課題に対して私たちはさまざまなアプローチで取り組むことができます.野外のパターンから個体の形質動態と個体群・群集の挙動の関係を調べたり,操作実験により,個体群や群集の動態を決定するであろう個体数の増加や減少のプロセスに対し,可塑性がどのように関わっているのかを直接調べるというやり方,さらには,そこで得られた成果から数学モデルを構築し,長期的な個体群の動態を予測するといったやり方,などなどです.
私たちの研究室では,表現型可塑性を構成する2つの形態を操作することで,形態処理間で生態学的帰結を比較することで,表現型可塑性の個体群レベルの影響を議論してきました.
1. 被食者の防御が捕食者の共食いを強める
本研究では,適応的な表現型可塑性の代表的事象である被食者の誘導防御が,個体数レベルで及ぼす効果を調べました.オタマがサンショウウオ幼生に対し頭を膨らませることで2種の個体数の増減にどう働いているのか野外での操作実験により確かめました.実験は,自然の池に囲い網を複数設置して行いました.網の中には,池の中と同じ密度のサンショウウオ幼生(21尾/㎡)とオタマ(90尾/㎡)を入れました. このとき、半数の網のオタマは防御をしていないものとし,残り半分の網には防御形態を発現したオタマを入れました.これら2つの処理について,その後の2種の個体数を調べ,オタマの防御がどのような個体数レベルの効果をもつのかを確かめました.
3日間の実験の後,オタマとサンショウウオの数を調べてみたところ、防御しているオタマを入れた網では、普通のオタマを入れた網よりも,生存していたオタマの数が多く,サンショウウオの数が少ないことがわかりました(右図).これは,オタマが防御を発現す ることで,サンショウウオがオタマを食えなくなり,共食いをより頻繁に行うようになることを意味します. さらに,実験の前後で,すべてのサンショウウオ個体のサイズを測り,処理区間で比較したところ,実験期間中に共食いの標的となったのは,サイズの小さな個体であることが明らかとなりました.これは,オタマの防御発現がサンショウウオのサイズを選択する働きがあることを意味しています.つまり,表現型可塑性が生物の形質進化にも関わっている可能性が示唆されたわけです.
論文: Kishida O., Trussell GC., Nishimura K. & Ohgushi T. (2009) Inducible defenses in prey intensify predator cannibalism. Ecology. 90:3150-3158
2. サンショウウオが捕食に特化した形になると何が起こるのか
サンショウウオは共食いをしたり小さなオタマがいる環境で育つと大顎化します.この研究では,初夏にオタマとサンショウウオ(大顎 or 小顎)を野外池の囲い網の中に入れ,冬が来るまで数か月にわたって変態したオタマをすべて回収し,大顎化がオタマ集団に与える影響を調べました.その結果,小顎のサンショウウオが入った網に比べ,大顎のサンショウウオが入った網ではオタマに対する捕食圧が強く,変態し上陸まで至ったカエルが少ないこと,一方で上陸したカエルのサイズは大きいことなどが分かりました.サンショウウオはヤゴなどの上位捕食者がいると大顎化しにくいことが分かっています.状況によって大顎個体の出現頻度や大顎の程度が違うのであれば,それは餌種の個体数やサイズに反映されるといえるでしょう.
論文
Kishida O., Costa Z., Tezuka A. & Michimae H. (2014) Inducible offences affect predator-prey interactions and life history plasticity in both predators and prey. Journal of Animal Ecology. 83:899-906.